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文章を書きたくてつくったブログ です。自分の意見と書評、遊びに行ったこと…うん、雑記です。

隠さないコンプレックス。超AI時代の生存戦略 落合陽一 書評

身のまわりの本をこの前断捨離したのですが、さらにのんびり断捨離中です。

 

 

www.nawamaki.net

 

 

星野源、大好きだから書評書いてたのに、なぜか落合さんの書評書いてる・・・。

 

なぜだ・・・!!!!

 

 

 

落合さんの本は落合さんの考え方。(当たり前なんだけれど)

 

シンギュラリティー本にはよく書いてあることなのですが

 

「やりたいこと、楽しいこと、好きなことを仕事にしよう。」

 

 

そんな感じのことが書いてあります。

というか、これができている人は読まなくても良いんじゃないだろうか。

 

 

 

 

自分の個性だとか好きとか可能性だとかそこら中に落ちているので

まずは自分の生活と向き合うことを大切にしていたいですね。

 

 

自分を極めれば、かぶることはないと思うので。

 

著者から勇気をもらうために本を読んでる。

 

なので、勇気をもらった場所を集めて書いておきますね。

(あとは、簡単に他人の意見を自分の中に入れない練習にもなってます。) 

 

・私たちが持たないといけない信仰心は人によって違う。

 

「趣味に生きる」ということが信仰だったり、「子育てする」ということが信仰だったりする。

シリコンバレーが好きな人にとっては、会社を起こして、世界を変えることが信仰なのかもしれない。

科学者にとっては、科学を信仰してそれによって人類の進んでいくことが信仰なのかもしれない。 

 

 

 

これを頭にもっていれば、他人の意見と自分の意見が違ってもイライラすることはないですね。

 

だって信仰がちがうんだもの・・・。

 

 

まさに現代の「個」の考え方ですよね。

 

 

 

 

「入ってくる情報は、自分の価値基準に照らし合わせたら、どういう意味なんだろう。」

 

 

情報があふれているのでこれを考えることがものすごい大事。

 

 

いちばん大事なのは「自分がどう思うか。それを心の中にいれたいかどうか。」

この本も一緒で、

 

 

 

「落合陽一が何言おうがどうでもいい。」

 

ってスタンスがいちばんではないでしょうか。

(なんのために書評書いてるんだろう(てへぺろ))

 

 

・自分で決めたゲームの定義の中で、人は本気で遊べるだろうか。

 

問題設定があり、それを解決していき、その中で報酬が決まり、楽しいと思える。

 

 

落合さんの死んだ魚のような感じが面白いな。と感じているのですが、

 

客観的な見方をしてますよね。

 

 

問題・解決・報酬これをまわせば、なんだって遊びになるのだ。

 

 

この中で報酬に重きをおいて書いてあるわけですが

まとめると

 

・「ギャンブル的な報酬」→毎回チャレンジして誰かに勝つこと

・「コレクション的な報酬」→積み上がっていることが見えること

・「心地よさの報酬」→おいしいもの、いい音楽、美しい風景など

 

この3つがある。

と言っていますね。

 

 

 

研究をするということが好きな理由は3つある。

評価が得られる点(ギャンブル)、作品が残るという点(コレクション)、新たな体験として感じることができて快感(心地よさ)

 

継続性がないのであれば、この3つのどれか欠落しているのではないか。

 

 

 

落合さんなりに3つに分けるのおもしろいですね。

 

自分なりに報酬のわけかたを考えてみると話しやすくなりそうです。

 

たとえばこの記事。

「たくさんの人に見てもらうこと」が嬉しさです。

 

自分がどこになにを感じているのかを客観的にみれます。

 

 

 

うーん・・・自分なりに報酬の分類をすることはまだ時間がいります・・・(えへへ)

 

 

 

 

・遊びがその人らしさを生み出す。

 

環境や学ぶ態度から後天的にどんどん特徴的になっていく。

 

 

先日、「遊んでばっかりいるなんて(ダメだ)」という言葉を聞いたのだが、

 

 

わたしは真っ向からそれを否定します。

 

遊びの中に自分がいる。

 

 

 

わたしは一日中、正月もクリスマスも仕事をしていたいと思う人間なのですが(もちろん好きな仕事でね)

 

「遊ばないで嫌なことばっかりやってるってドMなの?」

 

・・・・過激派ではないです・・・つい思ってしまった。

 

 

 

・憧れてもいいが、それをコンプレックスに感じる必要はない。

 

「なにが自分のコンプレックスなのか知っておく」そして、「隠さない」ということだ。

 

コンプレックスには二種類ある。

1つは、「強い憧れがあるけれど、それが達成できない。」

もうひとつは「他人からみて劣っている」というパターンだ。

 

他社の憧れからくるコンプレックスは、実は無意味であって、人間はやはりできることしかできないのだから、できることだけをやればいいだけの話ということになる。

憧れてもいいがコンプレックスに感じる必要はない。 

 

 

わたしは他者によくあこがれを感じます。

(それがわたしのいいところだと思っているけれど・・・その分、成長したいと思えるから。)

 

 

憧れは自分の心の反応があるところなので

なにに反応したのか紙に書いておくと実現する気持ちがおきます!

 

 

たとえば、世界で活躍している人を見てあこがれとか嫉妬を感じたとき、

自分も世界で活躍したいってことだから、ノートに書き留めておいて、

次に思いついたことを行動に移していく。

 

 

って、これはわたしの話なのですが。

 

そうやっていくと他者にコンプレックスを感じることがないんですよね。

自己否定を感じない。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだか久しぶりに書評を書くとハマりそうだ・・・。

 

・物事を客観的に見れると他人のおもしろい考え方が見えてくる

・他人の意見をかんたんに心の中に入れないトレーニング

・物事を考えるチカラ

 

 

でも、他人の思い込みを無意識にインプットすることになるので注意ですね。

 

 

 

 

 

他にも紹介したいところはあったのですがはぶきました。あまり長くなりすぎるのも嫌いなので。

 

引用の部分はわかりやすくはぶいたところがあります。

わたしの書評なので、たぶん読んでいただいている方には読んでいただいている方の取り入れる場所があると思います。

 

 

 

 

わたしの書評を読んでいただいて、ほんとうにありがとうございました。

 

 

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